歯胚上皮すなわちエナメル上皮に由来する腫瘍で、ほうろう上皮腫とも呼ばれる。腫瘍組織(上皮)の結合組織内への浸潤がみられるが組織学的には良性である。歯原性上皮性腫瘍の中で最も発現頻度が高い。摘出術後の再発もかなり多い。臨床では、10~40歳代に約80~90%が発見されるという報告がある。エナメル上皮腫の80%以上が下顎に発生する。下顎における好発部位は顎角部を含む大臼歯から下顎歯(70%)、小臼歯部(20%)、切歯部(10%)である。
腫瘍が小さい初期には無症状に経過するが、ある程度の大きさに達すると顎骨の膨隆が現れる。顎骨の膨隆として認められる大きさは腫瘍発生部位によって異なり、下顎の前歯部、小臼歯部などの顎骨の薄い部分では比較的小さい膨隆でも早期に発見されるが、下顎角部、下顎枝などで腫瘍が骨内で増大して初めて気づかれることが多い。腫瘍が顎骨内部から増大して顎骨の膨隆が大きくなると顔面下顎部のびまん性腫脹が現れる。しかし皮膚の発赤、熱感は感染のない限り認められない。
エナメル上皮腫の組織像は変化に富み、臨床的には充実性エナメル上皮腫と多嚢胞型エナメル上皮腫に分けられる。多嚢胞型では内容液は灰白色ないし茶褐色の粘液でコレステロール結晶を含む。膨隆部は骨様硬であるが、多嚢胞型エナメル上皮腫では波動をふれることもある。膨隆部の歯肉、口腔粘膜は健康色を呈するが、肉芽様潰瘍あるいは白板様所見を示すものもある。時には試験的切除の後の創面、あるいはエナメル抜歯後に二次感染を生じると抜歯窩からの排膿が続く。腫瘍が増大すると歯根の吸収が生じるため歯が動揺するようになる。
X線所見では多胞性、あるいは単胞性の円形、類円系の透過像がみられる。多胞性のものでは透過像に中に大小の弧状不透過像(腫瘍壁の像)が重なり合ってみられる。時に半透過像を示すものもある。
嚢胞壁に埋状歯が存在することもある。局所リンパ節転移あるいは遠隔転移は少ないが、まれに悪性経過をたどるものがあり、転移性(悪性)エナメル上皮腫と呼ばれる。
組織像によって、濾胞型、叢状型、棘細胞型、基底細胞型、顆粒細胞型などに分類される。濾胞型はエナメル上皮の増殖によって形成される大小不同、不整形の腫瘍組織の中心部には星芒状細胞が存在し、嚢胞の形成が見られる。叢状型では星芒細胞が少なく、細胞変性による嚢胞形成が見られる。棘細胞型では腫瘍の組織内部に上皮化生、時には角質形成が見られる。エナメル上皮腫組織所見は多様であるが、同一腫瘍でも部位によって異なる組織像を示すこともある。稀に口腔上皮、歯原性嚢胞壁の上皮細胞からエナメル上皮腫が発生することもある。
緩慢な顎骨の膨隆、炎症症状を欠くこと、X線所見などが参考となり比較的容易である。鑑別診断としては種々の嚢胞性疾患、特に濾胞性歯嚢胞(歯原性のもの)、歯根嚢胞、孤立性嚢胞、そのほかの顎嚢胞がある。無歯性濾胞性歯嚢胞と単胞性エナメル上皮腫ではX線所見のみでは鑑別不能のこともある。X線透過像を示す非歯原性腫瘍(中心性粘液腫、繊維腫、巨細胞肉芽腫、巨細胞腫)なども鑑別診断の対象となる。
術後再発がかなり多いことから、腫瘍の完全切除を行うことが原則である。腫瘍の大きさによって顎骨の部分切除術、下顎骨では連続離断術、さらに顎関節離断術による下顎骨切除術を行う。顎骨切除範囲が広い場合は、自家骨(腸骨、ろっ骨など)や人工骨などにより顎骨再建術を行う、骨切除範囲が狭い場合や腫瘍が顎骨骨膜を破って周辺軟組織に浸潤していない場合には、口内法で顎骨切除、離断、骨移植による即時再建術を行うと顔面皮膚の手術創をのこさず、術後の顔面の変形もほとんどない。原発巣の感染がある場合には、術前の抗菌剤の投与、局所・洗浄処置を充分に行って消炎した後に骨移植を行うか、腫瘍の切除のみを行い、一次創の閉鎖が終わり、局所循環が回復された時期(2~3週間後)に骨移植を行う。若年性の多嚢胞性エナメル上皮腫では開窓・摘出術のみを行い、顎骨を保存し、骨再生を促進する治療法が選択される。この場合は、術後数年にわたる綿密な経過観察を行い、再発を早期に発見し、開窓・摘出術を反復して行うことがある。