エルシニア

 エルシニア感染症は腸内細菌科に属するYersinia 属菌を原因菌とする感染症の総称である。Yersinia 属には現在11菌種が分類されているが、ヒトに対して病原性を示すのはYersinia pestis 、Yersinia pseudotuberculosis およびYersinia enterocolitica である。エルシニア感染症という呼称は一般的に、下痢などの食中毒様症状を主徴とするY. enterocolitica とY. pseudotuberculosis による感染症を示す。

疫 学
 Y. enterocolitica による感染症としては、14例の集団食中毒の発生が確認されている
 一方、Y. pseudotuberculosis による感染は、15 例の集団感染が報告されている
 北米を中心に発生したY. enterocolitica 感染は集団例はほとんどなく、散発例としての報告が多い


病原体
 Yersinia 属菌はグラム陰性の桿菌で腸内細菌科に属しており、冷蔵庫内温度である4 ℃でも発育できることが、サルモネラや大腸菌などの他の腸内細菌科に属している菌とは異なる。菌体は小さく、その形態は桿状あるいは球状で、培地上では比較的小さな集落を形成する。Yersinia属菌の生化学性状の多くは培養温度に依存し、通常25~30 ℃で実施される。Y. enterocolitica とY. pseudotuberculosis の感染サイクルは自然界ではほぼ同様であると考えられている。野生動物における感染あるいは発症は、健康保菌獣の糞便とともに排出された菌が感染源となり、汚染された飼料を感受性動物が摂取した場合に感染、発症が自然に繰り返される。ヒトの感染様式も動物と同じであり、保菌獣から直接に、あるいは飲食物を介して経口的に感染する。これまでの動物における保菌実態から、ブタ、イヌ、ネコ、ネズミが最も重要である。

臨床症
Y. enterocolitica 感染の臨床症状は多岐にわたり、下痢や腹痛をともなう発熱疾患から敗血症まで多彩である。患者の年齢とこれら病像とはある程度相関がみられ、乳幼児では下痢症が主体であり、幼少児では回腸末端炎、虫垂炎、腸間膜リンパ節炎が多くなり、さらに年齢が高くなるにしたがって関節炎などが加わって、より複雑な様相を呈する傾向がみられる。発熱の割合は高いが、高熱者は少ない。症状の中で最も多いのが腹痛である。特に、右下腹部痛と嘔気・嘔吐から虫垂炎症状を呈する割合が高く、 虫垂炎、終末回腸炎、腸間膜リンパ節炎などと診断される場合もある。腸管感染であるにもかかわらず、頭痛、咳、咽頭痛などの感冒様症状を伴う割合が比較的高く、また、発疹、紅斑、莓舌などの症状を示すこともある。
 Y. pseudotuberculosis による感染もまた乳幼児に多くみられ、発熱は殆ど必発であり、比較的軽度の下痢と腹痛、嘔吐などの腹部症状がこれに次ぐ。発疹、紅斑、咽頭炎もしばしば観察される。さらに、頭痛、口唇の潮紅、莓舌、四肢指端の落屑、結膜充血、頚部リンパ節の腫大、肝機能異常、肝・脾の腫大、少数例には心冠動脈の拡張性変化のほか、二次的自己免疫的症状として、関節痛、腎不全、肺炎、および結節性紅斑などが見られることもある。


病原診断
 エルシニア感染症の確定診断には、糞便からのY. enterocolitica あるいはY. pseudotuberculosis の検出が必要である。分離培養には直接分離と増菌分離とがあるが、下痢便には多くの菌が存在するので、選択培地で直接分離することが可能である。分離培地にはSS 寒天、マッコンキー寒天、CIN 寒天などを用いる。また、菌数の少ない材料では、リン酸緩衝液を用いた低温増菌法を併用することが望まれる。患者の初期血清と回復期血清でY. enterocolitica あるいはY. pseudotuberculosis に対する抗体価を測定することは、本感染の裏付けとなる。菌の分離ができず、抗体価の上昇が認められた場合でも、本感染症が強く疑われる。


治療・予防
 Y. enterocolitica およびY. pseudotuberculosis は通常使用されている抗菌薬に対して高い感受性を示す。しかし、Y. enterocolitica はβ-ラクタマーゼ活性があるため、アンピシリンなどに対しては感受性が低い。また、Y. pseudotuberculosis はマクロライドを除いて高感受性である。抗菌薬投与に関しては、治療に抗菌薬を使用しなくてもおおむね予後は良好である。


食品衛生法における取り扱い
 食中毒が疑われる場合は、24 時間以内に最寄りの保健所に届け出る。

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