ジアルジア症


 ジアルジア症はGiardia lamblia の感染によって引き起こされる下痢性疾患である。4類感染症(全数把握疾患)に指定されている。本症の感染経路はいわゆる糞‐口感染で、人と人の接触や食品を介した小規模集団感染と飲料水を介した大規模な集団感染が知られている。

疫 学
 ジアルジア症の感染者数は世界人口のうち数億人を占めるとされ、地球規模で見ればごくありふれた腸管系病原微生物である。世界中のほとんどの国で有病地を抱えているが、特に熱帯・亜熱帯に多く、有病率が20%を超える国も少なくない。衛生環境の改善により我が国の都市部での検出率は0.5%を下回る程度となっている。多くは発展途上国からの帰国者(来日者)であり、特にインド亜大陸からの帰国者の下痢患者での検出率が高い。さらに、男性同性愛者間にも本原虫の感染が見られることがあり、最近ではHIV 感染者に原虫が証明されたこともある。このジアルジア症は過去数十年間にわたってわが国では忘れ去られた感染症の一つであったが、免疫不全者の感染、水系感染による集団発生事例などから、重要な再興感染症の1つとしての認識が必要である。
 

病原体
 ジアルジアランブリア(Giardia lamblia)、別名ランブル鞭毛虫とも呼ばれる。鞭毛虫類に属する原虫で、その生活史は栄養型と嚢子より成る。栄養型虫体は左右対称の洋ナシ型で、長径10~15μm 、短径6~10 μm 程度の大きさである。猿の面容に似た形態を有するためモンキ-フェイスとも形容される。虫体腹部の前半部は腸の粘膜などへ吸着するための器官である吸着盤が発達している。その他、常時2核であること、4対の鞭毛を持つなど栄養型は特徴的な形態を有している。経口的に摂取された嚢子は胃を通過後に速やかに脱嚢して栄養型となり、十二指腸から小腸上部付近に定着する。時に寄生は胆道から胆嚢に及ぶことがある。嚢子は長径8~12μm 、短径5~8μm の長楕円形で、成熟嚢子は4核となり、他に軸子、鞭毛などが観察される。多くの場合、嚢子は糞便中に排泄された時点で成熟型となっており、感染性を有している。通常、ジアルジアの嚢子は外界の環境によく耐える。

臨床症状
 主な臨床症状としては下痢、衰弱感、体重減少、腹痛、悪心や脂肪便などが挙げられる。下痢は非血性で水様ないし泥状便である。排便回数は一日20回以上から数回程度と様々であり、腹痛は伴う例と伴わない例が相半ばし、多くの症例で発熱は見られない。感受性は普遍的であるが、成人よりも小児の方が高い感受性を示す。なお、分泌型IgA低下症や低ガンマグロブリン血症をもつ患者に発症した場合には臨床症状が激しく、難治性であり、かつ再発性である。感染者の多くは無症状で便中に持続的に嚢子を排出している嚢子保有者(cyst carrier )であるが、感染源としてはむしろ重要である。

病原診断
 診断は患者の糞便(下痢便)から顕微鏡下に本原虫を証明することによる。さらに、原因不明の下痢症、脂肪便、あるいはその他の腹部症状を精査する一環として十二指腸液や胆汁を採取し、原虫の検査が行われることもある。糞便中に見られる原虫の形態は、水様便では栄養型が、泥状便や有形便ではシストを検出することが多い。検査方法は通常の検便か、遠心沈殿法で得られた沈渣をヨード・ヨードカリ染色して観察することで比較的容易に検出できる。

治療・予防
 ジアルジアの治療にはメトロニダゾ-ルやチニダゾ-ルなどニトロイミダゾール系の薬剤が用いられる。
 ジアルジア症は典型的な糞‐口感染によって起こる。したがって、シストで汚染された食品や飲料水を介して伝播する。シストは感染力が強いため、排泄者に対しては排便後の手洗いをよく指導する。一般に、シスト排出者は無症状か下痢症状があっても軽微であり、身辺の清潔が保てるため隔離の必要はない。また、シストは水中で数カ月程度は感染力が衰えず、小型であるため浄水場における通常の浄水処理で完全に除去することは困難とされる。塩素消毒にも抵抗性を示す。したがって、HIV 感染者をはじめとする免疫機能低下症は、日常生活の上でナマ物や煮沸消毒されていない水道水の摂取などには注意するべきである。

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