vertigo
Vertigo(空間識失調)
空間識失調(Spatial Disorientation)とは、操縦者が自分または操縦する航空機の姿勢、位置、運動状態(方向、速度、回転)などを客観的に把握できなくなった状態と定義される。 正式にはspacial disorientationと呼ばれる。
飛行中の飛行機においては、夜間飛行、雲中飛行時に発生する事が多く、機体の実際の傾斜と体感傾斜が異なる傾斜感覚異常、または方向感覚が事なる方向感覚異常等があり、状況によっては墜落に至るケースがある
原因;
1) 視覚性
例;着陸直前にまっすぐ滑走路に向かっていたはずが、雲の下に出た途端に急に横に流されるような錯覚に陥った。 直行している道路上を流れる、車のライトが原因
2) 内耳性
一定速度で回転→回転感覚が消失、停止後は反対方向に回る感じ。 コリオリ現象発生時の旋回中に頭を左右に振ると上昇・下降・回転といった感覚が入り交じる
3) 体性感覚性(皮膚感覚・深部感覚)
通常は、座面からの圧迫・ベルトの圧迫で位置を自覚しているが、頭などをねじることによって上記2)とも関連して数秒程度でも感覚がずれることがある
夜間飛行で星の光と漁船の明かりを見間違えて、上昇しているつもりが降下していたとか、雲の形に気を取られて、水平飛行をしているつもりが、バンク飛行をしていたとか、航空事故のある程度の割合が、この空間識失調によって発生していると推定されている。
この状況を回避するには、自己の感覚を無視、あるいは強く抑制して姿勢指示器の指示を信じる事が最良とされている。
空間識失調の分類には、下記のように3通りの分類方法がある
Type-Ⅰ:認識していない unrecognized SD:回転翼の航空機に多い
Type-Ⅱ:認識している recognized SD:固定翼の航空機に多い
Type-Ⅲ:操縦不能になった場合 incapacitating SD
グレーブヤード・スパイラル(Graveyard spiral)については、雲中等で安定した水平旋回飛行を持続すると、内耳の機能によって、重力と遠心力の合力の方向を重力の方向と錯覚してしまう。そのため、旋回を水平に戻す操作を行って、実際に機体が水平に戻っていても、操縦者は、機体が傾いていると錯覚し、はじめに水平旋回した方向に機体の姿勢を戻そうとしてしまう。その際、同じ方向に更に旋回を続けてしまうと、バンク角が一気に大きくなり、スパイラルに入ってしまい墜落に至ることがある。これをグレーブヤード・スパイラルと呼んでいる。 なお、雲中等で加速又は減速方向に同じような錯覚を生じることもあり、その場合は、水平飛行をしているのに上昇していると錯覚し、水平飛行に戻そうとして、急降下に陥ってしまうこともある。
参考文献:
「臨床航空医学」:発行者(財)航空医学研究センター
「スピードと人間工学」:発行者(株)三田書房)
「航空用語事典」:発行者 鳳文書林出版販売(株)
なお、雲海中のスパイラル降下からの回復については、次がマニュアル化されている
1 スロットルを絞る
2 エルロンとラダーの釣り合いのとれた操舵を行い、旋回傾斜計の模擬機が計器の指示する水平線と一致するように 旋回を止める
3 操縦輪を慎重に引き対気速度をゆっくり減速する
4 エレベータ・トリム・コントロールを調整し、保持する
5 操縦輪から手を放し、ラダー・コントロールを使って直線方位を保持する
6 時々、スロットルを入れエンジンをふかす、しかし設定された滑空姿勢を乱すような出力を使ってはならない
7 雲から脱出したら通常の巡航飛行に戻す
とはいえ、本人がVertigoに陥っていること、ましてやスパイラル降下に陥っていることに気づかないままの事故は多くあったし、今後も十分にありえる。人間の眼球から得る視覚情報と内耳からの体性感覚が誤っているとはいえ合致している場合,その合致した情報を無視して、すなわち本能に反する行動を自らに命じるには強い抑制心と、訓練が必要である。
下記参照;
財団法人 航空医学研究センター 空間識失調
ここが図説入りで詳しい;パイロットのための航空医学